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失うものはなにもないから、やるだけやってみれば?
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1980/10/18
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フリーター
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いろいろ
自己紹介:
2008年度のワーキングホリデーで渡仏を計画中。

元パティシエール、現なんちゃって料理人。

音楽好き、ライブ好き、マンガ大好き。
オタク臭プンプンです。
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Hの話。
2009/04/29(Wed) 05:30:59

別にエロい話じゃないです。
期待した人がいたらごめんなさい。


フランス語の特徴のひとつでもある「Hは発音しない」
単語の中にHがあっても完全無視される。
たとえば「cahier」、ノートのことだけど、「カイエ」と発音される。

全く用をなさないのに、Hが含まれる単語は結構多い。
これは書くとき大変。
Hを書き忘れることが多々ある。

発音しないなら書かなくていいじゃん、と思ってしまう日本人。

 

そんなわけで、フランス人の世界には「は・ひ・ふ・へ・ほ」という音が存在しない。
('ふ'はあるか)
なんか変な感じ。

音そのものが存在しないのだから、もちろん発音することもできない。
わたしが日本で習っていたフランス人の先生は、7年も日本にいるのにやっぱりHの発音ができなかった。


発音できないだけでなく、聞き取ることもできない。
フランス人にわたしの名前を言っても「イトミ」としか聞こえないみたい。
フランス語を習い始めた頃は、「Hは発音しないのよね♪」と気取って、わざわざ「イトミ」と言っていたけど、どうせ聞き取れないのなら同じじゃん、と思って最近は普通に名乗ってるのだけど、最初から正しく聞き取れる人はいない。

 


ある日セバスに「日本語でくしゃみするときの擬音はなんていうの?」と聞かれた。
ちなみにフランスでは「アチュン!」という。(辞書にはアトシュムと書いてるけど、わたしにはアチュンにしか聞こえない)
「日本では'ハクション!’って言うんだよ」と教えたところ、
「ああ、'アクション!'ね。アチョーー!!」
と言って、ブルース・リーの真似を始めた…。

「違う!アクションじゃない!ハクション!'ハ'!」といっても、全然わかってくれない。
何度もアクション!アクション!と言っている。
そのうちどうでも良くなって、「はいはい、アクションですよー」という気分になってしまった。

 


セバスは「なんでそんなこと知ってるんだ?」と思うような日本語をいくつか知っている。
その一つが俳句。

ポエムについて話してた時、「日本には'アイク'があるでしょ」と言われた。
最初は「アイコ」にしか聞こえなくて、それ誰??って思ったけど、俳句のことを言っていたらしい。
10回くらい聞き返して、やっと理解。


今は思い出せないけど、こういうことがしょっちゅうある。

 


Hは関係ないけど、フランス語では母音にはさまれたSはZの発音になる。
世界の黒沢監督は「クロザワ」だ。

以前にバイクの話をしていたときに「アヤブザってどうやって書くの?」と聞かれた。
またもや「アヤブザ」が何なのか理解できなかったわたし。
10分後位にやっと「ハヤブサ」だと気づいた。

こうやってみると簡単に気付きそうだけど、Hが発音されてないだじゃなく、Sの発音がZの音になっただけで全く違う印象を受ける。
「アヤブザは日本語でしょ?」と聞かれて「それは日本語じゃない!」と返してしまいました。


そして先日、セバスが家から大量のゴマを持って来て「ゴマジオ!」と言った。
またもやなんでそんな言葉を知ってるのかと思うと同時に、「わたしは'ゴマシオ'って言うな」とどうでもいいことを考えてしまった。
ちなみにそれはゴマだけで、塩は入ってないんだけどね。

 

ああ、Hの話に戻るけど、フランス人が「ハローキティ」と言うと、わたしは「エロキティ」にしか聞こえない。
エロいキティちゃん…。

あ、エロい話になった。

 

 

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最終週
2009/04/28(Tue) 06:39:23

ここで生活を始めてからいつの間にか1ヶ月以上が経ち、残りの滞在期間も1週間となった。
次の日曜にここを出発する。


WWOOFをするたびに、いつも「このままここに残りたい」「また戻ってきたい」と思う。
今回もやっぱりそうで、ここを離れるのが名残惜しい。

ここでの生活はすごくわたしに合ってたと思う。
基本いい加減な適当人間なので、ここに現れる適当感溢れる人たちと一緒に生活するのは楽しかった。
なににも縛られず、自分が必要とすることを必要な時にする。
すごく自由だった。

そんな人たちと離れるのはさみしい。

そして何よりも野菜たちの成長を見守っていきたかった。
自分で種をまいた野菜を自分の手で売ってみたかった。


何度かこのままここに残ろうかと考えた。
セバスに、わたしが望むならスタージュとしてここに残ってもいいとも言われた。
かなり心が揺れた。

しかし次のウーフ先はここに来る前から決まっていたのだ。
5月から滞在できることが決まっていて、それまでの期間と言うことでこの農家にやってきたのだ。

 


いつもそう。
そこに残りたい気持ちと、まだ見たことのない景色を見たい気持ち。
わたしの中に「1年しかフランスにいられない」という思いが強く、結局はいつも移動することを決心する。

 

 

 

 

先週戻ってくるのかと思ってたら、今日帰ってきたもう一人のウーファー、ベン。
自分のフランス語理解能力のなさを痛感。笑


彼は几帳面と言うより、掃除マニアかもしれない。
帰ってきた早々、カオス化したガレージの片づけを始めた。
わたしが来た時にはすでに何がどこにあるのか分からない状態で、掃除なんてするだけ無理!と最初からやる気も出ない状態のガレージを、だ。
それをいいことに、わたしも使ったものは出しっぱなしで、混沌っぷりにさらに拍車をかけてたもんだからなんだか申し訳ない…。
さらに掃除をしている横で日曜大工。
すみません、やることがなかったもんで…。

 

今日は1日ほぼ雨で、外でできる作業があんまりなかった。
ここ最近ずっと暖かくて、やっと風邪も沈静化。
それなのにいきなり寒くなって、またぶり返すのが怖い…。

そんなわけで屋内作業。

ベンに触発されて、わたしも食料品の整理。
食べるものは基本、ビオ専門のスーパーで購入しているのだけど、量り売りで買ったものが全部同じ紙袋に入っていて、一見どれになにが入ってるのか分からない。
それを空いている保存用の瓶に詰め替えていく。

買い物にはセバスか従業員?のサムが行くのだが、2人とも細かいことは気にしないタイプ。
多分なにが必要かとかチェックしないで行った先で適当に購入するもんだから、同じ物が入った袋がいくつか出てくる…。
とりわけ、レンズ豆の量がすごかった…。
ここ最近わたしがかなりレンズ豆を消費しているにもかかわらず、この量って一体!?

とりあえずほとんどの物を透明な瓶に詰め替えたので、これで少しはましになるだろう…。

 

 

自制心が弱々なので、こういう自由なところで生活しているとどこまでも自堕落になってしまう。
起きる時間もどんどん遅くなってきたし、自分のキャラバンの中は洗濯物が散らかりまくり。

それでも何とか踏みとどまるために、キッチン周りはなるべくきれいにするよう心がけている。
洗い物をためないとか、コンロも時々は掃除するとか、今日やったようにいろんなものを使いやすくするとか。
そういうことを怠ってしまうと、まるっきりダメ人間に…。


わたしが初めてキャラバンのキッチンを見た時は、流しに大量の洗い物が放置されていた。
セバスは洗い物をしないわけではないけれど、流しが「もうこれ以上入りません!」という状態になるまで溜めこんでからまとめて洗うタイプ。
わたしが居なくなったらまた逆戻りなんだろうな…、と思っていたけど。

ベンがいるなら大丈夫でしょう!
というか、わたしがやるよりきれいなんだろうな。
キッチン周りだけでなく、きっとキャラバン中が毎日掃除されて清潔なんではないでしょーか。

わはは!

 


 

自然農法 その2
2009/04/27(Mon) 16:58:58
自然農法の存在を知って、初めてセバスのやりたいことがわかったような気がする。
セバスの理想は自然農法なんだ。
ただ不精で雑草を抜かないのかと思ってたけど、そういうわけじゃない。

わたしはセバスの望まぬことをしていたのだ。
わたしはもっと早く福岡氏について調べるべきだった。


ここは自然農法を行っている農家ではない。
トラクターで畑を耕すし、雑草が伸びすぎれば除去するし、ビニールハウスもある。
自然農法を理想としながらも何かしらの理由でそれを行っていない。
どういう理由なのかわたしにはわからない。
わたしは農業について知らなさすぎる。


それでもわたしは頭のどこかで、自然のままにしておくのがベストなんじゃないかと気づいていた気がする。

ここに来てすぐぐらいに、畑に植わっているサラダの周りの雑草を除去したことがある。
まだ育ちきっていないサラダは雑草に埋まってしまいそうだった。
みんなで専用の道具を使ってやり、サラダの周りにはほとんど雑草はない状態になった。
それから約1ヶ月、再びサラダの周辺は雑草で埋め尽くされている。
雑草は成長が速い。
それでもサラダもかなり大きくなり、雑草に負かされてない。
何日も夏日が続いて土がカチカチになってても、瑞々しく青々と成長している。
雑草と一緒に。
それを見てぼんやりと、「植物は放っておいても元気に育つんだな」と思った。
自然農法を知る前のことだ。

それなのにビニールハウスの中で育っているサラダたちは2日に1度、人間の手で水をやらなければならない。
そして、そのサラダたちはかなりナメクジの被害を受けている。
どのサラダも虫食いの跡が無数にある。
ビニールハウスの外でもナメクジを見たことがあるけど、外のサラダたちに虫食いの跡はほとんどない。

隣り合った同じ大地に根をおろしているとはいえ、ビニールハウスの中は既に自然とはいえない空間になってしまっているのだ。

そしてサフランの周りの雑草を抜いたとき。
サフランの葉はとても細い。
気をつけて雑草を抜いていても一緒に引っ張られてしまうことが何度もあった。
そうなると、それまでピンと立っていた葉もヘナッと項垂れてしまう。
「これはサフランにかなり負担をかけているんじゃないか?」と思った。
まさにその通り。
数日経った今も、何本も項垂れたままだ…。

セバスに言われてやった仕事だけれど、彼は特に急いでいるわけではなかった。
「やりたければやればいいよ」と。
いつかは除去するつもりだったんだろうけど、べつに今じゃなくてもいいという雰囲気だった。
暇そうにしているわたしに仕事をくれたのかもしれない。


自然農法では何故雑草を抜かないのか。
わたしが思ったように、雑草を抜くことによって植物にかなりのダメージを与えてしまう。
それまでと全く違う環境になってしまうのだから当たり前。
そして何年も雑草を抜き続けていくと、そのうちその場所には雑草は生えなくなる。
それはいいことのように感じるけど、つまりそこは植物が生きるには適さない場所になってしまっているのだ。
そして植物がないところは、圧倒的に土に保水力がない。

セバスは必要なら雑草を除去するけど、雑草が全くない状態にはしない。
基本伸ばしっ放し。
それにだってちゃんと意味があったのだ。


サフランは秋に花をつける。
花からめしべを採取し、乾燥させたものを料理の色付けなんかに使う。

乾燥した土の中で項垂れているサフランを見ると、秋まで放置していてもよかったんじゃないかと思ってしまう。
雑草に埋もれていても元気にまっすぐ立っていたのに。



何故畑を耕さないのか。
地中深くの土は植物が育つには適さないから。

何故肥料をやらないのか。
あえて肥料を与えなくても、植物は地中から十分栄養を摂取できる。
枯れた雑草や落ち葉なんかが自然分解し、ちゃんと栄養は土の中にある。
そして人間が外からなにかを持ち込めば、それだけリスクは増える。

何故農薬を使わないのか。
本来正常に育つ野菜に虫は付かない。
虫が付かないのなら農薬を使う必要はない。
虫が付くのは原因ではなく、結果である。
その野菜はすでに何かしら問題を抱えているのだ。

何故雑草を抜かないのか。
雑草も植物の、自然の一部。
雑草も育たない処で野菜が育つわけはない。


究極の自然農法とは、種を蒔き、実がつけば収穫する、それだけ。
なるべく人の手は加えず、あくまで自然に任せる。


本来なら、それで十分なのだ。
それなのに何故ほとんどの農家はこれをやらないのか。
あえていろんなことを施し、その分労働力も増え、農業を辛いものにしているのか。


言うほど簡単なことではないってちゃんとわかっている。
福岡氏も、肥料を使い、農薬の散布も行っていたそうだ。
人がやることにだってちゃんと意味と理由があるんだって知っている。

それでも自然農法が一番よい方法なんだと、雑草の中のサラダを見ると思ってしまう。


わたしは今、かなり本気で農業をやってみたいと思っている。
はじめから自然農法だけでやるのではなく、あえていろんなことを試し、それでもなお自然農法が一番なんだと言いたい。




そしてここに来て初めて、WWOOFの本当の意味を知った。

わたしがWWOOFを始めたのは、お金をかけなくて生活できるというところに魅力を感じたからだ。
別に農業やオーガニックな生活に興味があったわけではない。
あくまで、「お金がなくてもフランスに滞在する方法の一つ」としか見ていなかった。


ここでセバス達にたくさんのことを教わったわけではない。
セバスは基本放置の人だ。
仕事の指示を与えられたことはあまりない。

時間の余ったわたしは畑を歩きまわった。
間違いだと知らず雑草も抜いて回った。
それでもその時は自分で考え、それが最善だと信じてやったことだ。
自分で考えたことが間違ったことだったからこそ、今強く自然農法に共感している。
そもそも、セバスがあれこれ指示を与えていれば、わたしは自分から農業について調べようとはしなかっただろう。

セバスは指示は与えてくれなかったけど、指標は与えてくれた。

これこそが本当のWWOOFなんじゃないだろうかと今は思う。

自然農法 その1
2009/04/26(Sun) 07:45:40
ここに来てそれほど経たない頃に、セバスに「フクオカって知ってる?」と尋ねられた。

フクオカとは九州にある大都市のことでしょうか?と思ったら、どうも人名らしい。
「フクオカは農業のことをよく知ってて、本もいっぱい書いてるんだよ」とのこと。
農業について学びたいなら調べてみるといいよ、とも。

しかしそんなことすっかり忘れていたわたし。
その後、「フクオカについて調べた?」とセバスに聞かれるまで思い出しもしなかった。
が、その後もやっぱり放置。

数日前に何となく思いだし、なんとなく調べてみた。

セバスはマサモト・フクオカと言ったが、正しくは福岡正信。
福岡氏は自然農法の創始者らしい。



自然農法とは、「
不耕起(耕さない)、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする」農法のこと。


最初これを見た時、全く意味が分からなかった。
耕さなければ植物は植えられないし、肥料がなければ植物は肥えないし、無農薬は分かるけど雑草を抜かないなんてせっかく植えた植物が台無しじゃない!と思ったのだ。
そんなんで農業が成り立つのか、と。


福岡氏について調べていると、ある人のサイトに行きついた。
自然農法に基づき、野菜作りを行ってきた人の記録だった。

その人は最初は特に自然農法を実施しようと思って野菜作りを始めたのではなかった。
初めの頃は普通に畑を耕し、肥料をやり、虫がつけば農薬を使い、雑草も抜いていた。
もともとは農業に関しては素人の人で、試行錯誤しながらの野菜作り。
問題に行き詰るといろんなことを試しながら長年野菜を作り続けていった。
そして最終的に自然農法が一番よい方法なのだと気づいたらしい。

その人は驚くことを書いていた。

虫がつけば農薬を使い、次の年は虫がつくことを恐れ、虫が現れる前から農薬を散布していた。
それでも虫は現れ、野菜を台無しにしていく。

ある年、思い切って農薬を使うのをやめてみた。
そうしたらなぜか虫の被害がほとんどなかったらしい。

これはどういうことなのか。


わたしは福岡氏の著書を読んだわけではない。
まだそれほど調べているわけでもないので、自然農法についての知識というか、解釈はこの人の記録がほぼ全てになる。
この人自身の解釈も含められていると思うので、正しく「福岡氏の自然農法」を知っているわけではない。

それでも、ものすごく納得というか、そういうことなのかと強く共感した。


自然界の生き物は、自分が食べる物の食べごろというものを知っているらしい。
本当ならばよく熟し、一番おいしい時に食べる。
それなのにまだ熟していない野菜に虫が付くのはどういうことなのか。
それは野菜自身に問題があり、ほぼ死に瀕している状態だからだというのだ。

農薬を使われた野菜は、たとえ健康に見えても既に正常な状態とはいえない。
もし正常なら熟していない時に虫がつくはずはない。

農薬を使わなかった年に虫害がなかったのは、きちんと正常に野菜が育ち虫はまだ食べころだと思わなかった。
そういうことらしい。


自然農法とはまさに字そのままで、自然に任せるということ。
「不耕起、無肥料、無農薬、無除草」とは、そんなことしなくても植物はちゃんと育つ、と福岡氏は言っているのだ。

人が手を出せば、その時点ですでに「自然」ではなくなっている。
人が手を加えれば加えるほどリスクは増し、問題は後から後から出てくる。
それを解決するためにさらに何かを施し、どんどん「自然」とは遠く離れたものになってしまう。
化学肥料や農薬を使うことだけが「自然」を破壊しているのではない。
人間が植物の為にと思って何かを施すことさえ、「自然」ではなくならせているのだ。


植物とは自然の一部であって、自然とは人間が何かを為さなくてもきちんと循環していくものなのだ。



長いので、つづく。

理科の実験
2009/04/26(Sun) 06:34:53

キャラバンには穀物類がたくさんある。
ありすぎる。
ほぼ炭水化物ものしかない。

米・小麦粉・パスタはもちろん、キヌア、粟のようなもの、そば粉、そしてレンズ豆。

ここの人たちはあまり買い物に行かないので、あるものでなんとかしないといけない。
セバスにご飯の用意を任せると、肉を焼いて、穀類を茹でて、それらに醤油をかけただけのものになる。
調味料もそんなにないので、毎日同じ味付け。

正直飽きてきた…。


そこでネットが大活躍。
米やパスタはどういう風に使うか分かるけど、キヌアやレンズ豆はほとんど扱ったことがないのでどうやって調理したらいいか分からない。
そういう時はネットでレシピ検索。
少し前に茹でたキヌアを衣にしたコロッケを作ったら、なかなかの好評ぶりでした。


そしてレンズ豆。
以前働いてたビストロで扱ったことあったけど、冷製サラダのようなものだった。
それじゃあんまりおかずにならない。
あとはなんだ、カレーか??
と思い、やっぱりレシピ検索。


そしたら面白い物を発見!
「レンズ豆でもやしを作ろう!」というもの。
作り方を見てみると、至って簡単。
用意するものもそれほどない。

これはやってみる価値あるんじゃない?、となんだかワクワク。
すでに当初の目的を忘れている。笑


さっそくチャレンジ。


初日。

CIMG1760.JPG
広口の瓶に乾燥レンズ豆とたっぷりの水を入れる。
これを常温の暗い所に12時間~1日放置。

写真は約1日放置したもの。
パックリ2つに割れ、少し芽が出てる。


CIMG1764.JPG
こんな風にビンの口にネットをかぶせ、水を切る。
このままの状態で、また常温暗所に放置。

日に2,3度水に浸し、すぐ水を切ってさかさまの状態で放置、というのを繰り返す。CIMG1761.JPG
これは実験開始3日目のもの。
芽が伸びて来てますね。


CIMG1766.JPG
そしてこれが4日目のもの!
すっかりもやしになって、かさも増えてます!

これを日向に数時間放置すると、芽が緑色に変化するらしい。
わたしはやらなかったけど。

大量に作ったら、冷蔵庫で1週間ほど保存できるとか。


わたしはとりあえずサラダに混ぜて食べました。

CIMG1769.JPG

ちょっと硬いかな、と思うけど、よく噛むと甘みが出てくる。

みんなも喜んで食べてくれました~。
っていうか、なにやっても大袈裟なくらい褒めてくれるんだけどね。

夜は昼間余ったご飯でチャーハンを作り、そこに混ぜてみた。
最後に加えてさっと炒める程度。
食感に変化が出てこれはいい!
さらに炒めることによって甘味が増す。
生で食べるよりおすすめ。


今回はお試し感覚で少量しかやらなかったけど、うまく行ったのでもう一回チャレンジ。
前回よりもずっと大量に製造中。

ちょっとは料理に幅が出るかな?

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